はみだしっ子シリーズ番外編「もっと焚木を!」に登場する話について、 BBS2の方で質問されていた方がいらっしゃいましたので、 これを機会にメモに記してみました。
「もっと焚木を!」は1979年の「花とゆめ」18号に掲載された番外編で、 花とゆめコミックスでは第9巻『ブルーカラー』に、 文庫版・愛蔵版では第4巻に収録されています。 壊れたバイクの修理費をアンジーは小遣いから積み立てていて、 来週には満期になって修理に出してもらえる。 が、実は既にジャックは修理を終えたバイクを物置に隠していた。 ロナルドは物置にまつわる怪談話をしてアンジーを刺激してみるけれど 好奇心から行動に出たのは他の3人で、当のアンジーは パムに足のことで心配をかけないように…ということばかり気にしていた、 というような話です。それで、ロナルドが使う怪談がこんな話。
「バークはその柱のわきに置いてあった椅子に座り本を読み出した…が、 ほどなく恐ろしい夢に引きずり込まれてしまったんだ。 彼は裁判にかけられていた。 誰も彼を弁護しない。 彼がわが身の潔白を訴えようと答えることは すべて意地悪くねじ曲げて解釈され不当に攻撃され、 その雰囲気の恐ろしさは説明のしようがないんだと バークは言っていたが…」
「そしてついに処刑の日が来た! 彼は刑場にひきずり出される。 大勢の見物人。 十字架。 そして炎。 というところで彼は夢から醒めたんだ」
「第2の犠牲者ハンフリー・キングが 同じその場所で眠ってしまったのは3か月後だったよ。 同じ法廷。同じ質問。同じ罵倒…絶望感。 二人から別々に夢の話を聞かされた男が二人を引き合わせて確認した」
「それから2年。みんながようやく忘れかかった頃、ルーク・アンダーソンが」
「繰り返される状況情景。バークは処刑前に、ハンフリーは獄中で目を覚ましたが、 ルークは処刑されるところまで夢見てしまった」
(コミックス第9巻 P158〜160)
これについては、作中でグレアムがロナルドに言っている言葉で M・R・ジェイムズの脚色であることが明記されています。
「今度M・R・ジェイムズの小説脚色するときは 秦皮(とねりこ)の樹から蜘蛛が出る怪談を ボクの部屋を舞台にやりましょうよ ロナルド!」
(コミックス第9巻 P170)
さて、処刑の悪夢の話ですが、これはM・R・ジェイムズの 「薔薇園 (The Rose Garden)」という短編が元になっていると思われます。
アンストルーザー夫妻は古い屋敷を手に入れた。 夫人は空き地に薔薇園を作ろうと思ったが、 そこには古ぼけた柱と椅子があった。 昔の持ち主の女性が訪れ、そこにあずまやがあったこと、 そのあずまやで彼女と彼女の兄のフランクが子供の頃に経験した 恐ろしい出来事を話した。
「まず、たくさんの人がいる大きな部屋の中に立っていると、 その真向かいに誰か"とてもえらそうな"人物がいて、 何やら質問してくるのだそうです。その質問はとても重要なことらしく、 フランクがそれに答えると誰かが――つまり正面にいる男か別の人間が、 彼に反論するのです」
「いまになってみればこれは法廷の場面だとわかりますわ。でも、 わたしたち子供は新聞を読むことが許されませんでしたし、 それに八歳の子供が、そんなに法廷内の情景を鮮やかに見るということじたい、 おかしいと思いません? 彼が言うには、そのあいだじゅう激しい不安と、 うちのめされたような気持と、絶望を感じていたということです。 夢はそのあと、とても不安でみじめな気分の中断をはさんだあと、 別の光景があらわれたそうです。それは、どんより曇った朝、 彼がドアから出たところからはじまります。小雪が降っていました。 どこかの道か、すくなくとも家の間を歩いていくと、そこにたくさんの人が 集まっていることを感じました。木の階段をギーギーいわせながら 昇っていくと、台のようなものの上に立ちました。目にふれたものは、 どこか彼の傍らで燃えている小さな焔だけでした。 誰か彼の腕を抑えていた者がここで手を離し、焔のほうへ歩いていきました。 フランクがいうには、この部分が夢の中でいちばんこわかったそうです。 もしわたしが揺り起こさなかったら、どうなったかわからないといっていました」彼女自身もまた、そのあずまやで柱の中から奇妙な声を聞くという体験をし、 それを聞いた彼女たちの父が、あずまやを壊してしまったと。
アンストルーザー夫人は、構わず召使に椅子を片付け、 柱を引っこ抜かせてしまう。 その晩、アンストルーザー氏が同じ夢を見る。 夫人は空き地で恐ろしい幽霊を見る…。
(M・R・ジェイムズ「薔薇園」、 紀田順一郎訳『M・R・ジェイムズ全集(上)』、1973年、創土社、P213〜230)
この短編では夢を見るのは2人だけで、ロナルドの話の方が だんだん夢の先を見るという、面白い話の持って行き方に なっているように感じました。 また、結局どういう幽霊だったのかの説明が少なくて、 巻末の訳者の解説「廃墟と迷宮のデイレッタント」を読んで、 あ、そうだったのか…という感じでした (イギリス人になら説明が少なくてもわかるのカモですが)。
紀田順一郎さんの解説によると、 M・R・ジェイムズ (Montague Rhodes James, 1862-1936) は、 「ケント州の学者の家に生まれ、ケンブリッジ大学を卒業した古物研究家、 聖書学者、古文書学者」とのこと。博物館の館長などする傍ら、 怪談を創作して(言い伝えの類ではなかったようです)、 クリスマスに恒例のように発表し、子供たちに人気があったようです。
「薔薇園」もそうですが、作風は素朴な怪談で、 2重3重のどんでん返しや複雑な心理ドラマのある現代的なミステリーに比べれば 単純すぎるようにも思え、実際そういう批評もあったようです。 しかし、この全集の中でも紹介されているM・R・ジェイムズの文章によると、 それは意図した作風なのだということが感じられます。
「また"オカルティズム"というものも、慎重に扱わないと単なる怪談 (私の書こうとしているのはそれなのだ)を疑似科学の俎上に乗せてしまい、 想像文学以上の作用を要求することになろう。 私は自分でもこの種の物語が十九世紀的感覚のもので、 けっして二十世紀のものではないのを心得ているつもりだ」
(M・R・ジェイムズ「続・好古家の怪談集」序文、 『M・R・ジェイムズ全集(上)』、P200)
さて、グレアムが言う「秦皮(とねりこ)の樹から蜘蛛が出る怪談」は、 やはり『M・R・ジェイムズ全集(上)』に収録されている 「秦皮の樹 (The Ash-tree)」でしょう。 また、「もっと焚木を!」のラストで、マックスが言う:
「…何? この看板
"汝委託されし物を守るべし"
…また M・R・ジェイムズのかしら?」
これもM・R・ジェイムズからの引用で、 やはり『M・R・ジェイムズ全集(上)』に収録されている 「トマス僧院長の宝 (The Treasure of Abbot Thomas)」のラストが、
「ものすごいグロテスクな格好をした、蟾蜍(ひきがえる)そっくりの怪物で、 それには二つの単語を記した紋章が彫りこんであった。 "Depositum custodi" (汝、委託されし物を守るべし)とね」
です。 マックスがいきなりラテン語(たぶん)を読むというのも凄いですが (^^;)。
なお、「マーチンの墓」という短編もあって気になりますが、 マーチン家が名家であるという設定以外、 特にはみだしっ子のシドニー・マーチンとの関連は感じられませんでした。
M・R・ジェイムズの本で現在入手可能なものがどれだけあるかは 把握していませんが、たとえば 「 ケンブリッジの幽霊黄金時代」というサイトなどは参考になると思います。
2002年5月 追記) 『M・R・ジェイムズ怪談全集1、2』は、 2001年に創元推理文庫で文庫化され(Fシ22、23)、 入手しやすくなりました。 ただ、解説は全般的に書き直されていて、 「薔薇園」の説明も省略されてしまっていたので、 ここに単行本の時の説明を紹介しておきます。「薔薇園」は「オールベリック」同様、解決部分に飛躍があってわかりにくいが、 話の大筋はチャールズ二世下の裁判官某卿が苛虐な裁判を行い、 その犠牲となった囚人の呪いをうけて悶々のうちに死亡する。 薔薇園にあった柱はその囚人の埋葬所で、 もとウエストフィールド教会の西側にあたる。 だが、囚人の呪いは彼を成仏させず、アンストルーザー夫人が柘植の繁みで 見たように宙に迷った首が出現するしまつに、教区長が慌てて埋葬しなおす。 しかし、それが無効だったことは夫人のおそろしい体験でも明らかである。 柱の傍らにいるものが見た夢は、処刑された囚人の怨念であり、 そのなかで苛酷な詰問者となっているのが卿である−−ということだろう。 (紀田順一郎氏の解説「廃墟と迷宮のデイレッタント」 『M・R・ジェイムズ全集(上)』所収、1973年、創土社、P401〜402)