以前メモノート第2集「狼への畏れと憧れ」で
三原作品における「狼」へのこだわりに触れました。
その反響なのかはわかりませんが、その後
「Mihara BBS」の方に、
「狼を噛み殺した羊」
というスレッドで『チリンの鈴』という絵本およびアニメについての
情報をお寄せ戴きました。
『アンパンマン』で有名なやなせたかしさんの絵本とアニメ化です。
立野は『チリンの鈴』を知らなかったのですが、先日古書店で偶然
アニメ・ブックスの『チリンの鈴』を入手することができ、読んでみました。
チリンの鈴で おもいだす
やさしいまつげを ほほえみを
チリンの鈴で おもいだす
この世のさびしさ また悲しみ
こんなフレーズで始まる『チリンの鈴』は、
確かに三原作品との関連を感じさせる内容でした。
入手困難かも知れませんので若干紹介をします。
(ネタばれですので本物を読むつもりの方はご注意ください)
1999.4.30 付記)
やなせたかしさんの絵本は新刊書店で入手可能なようです。
詳しいことはこの項目末尾に補足しました。
仔羊のチリンは牧場でお母さんやたくさんの羊たちと平和に暮らしていました。
首についた鈴がチリン、チリン、と鳴るのでチリンという名がついていたのです。
お母さんはチリンに教えます。
「この柵の外には決して出てはいけませんよ。
あの岩山には、ウォーという狼がいて、柔らかい羊の肉をたべたいと、
ねらっているんですからね」
ある晩、寝静まった羊小屋に狼のウォーが突然侵入します。
チリンは無事でしたが、逃げ遅れたチリンをかばったチリンの
お母さんは殺されてしまいました。
チリンは岩山に行きウォーに挑みます。しかし相手になりません。
翌日チリンはウォーに「あなたのように強くなりたい」と
弟子入りを申し入れます。しかしやはり相手にしてもらえません。
それでも、何度追い返しても死にそうな目に合ってもついてくるチリンに、
狼のウォーがついに折れます。
そのとき、このあたり一番のきらわれものの、
悪名高いウォーのこころに何かあたたかいものがながれました。
それはウォーが生まれてはじめて知る不思議な感情のおののきでした。
「羊のくせにへんな奴だ。俺が狼の生き方を教えてやる」
こうして、チリンはウォーの弟子になりました。
ウォーはチリンをしごきます。勝つためには手段を選ばず。
狼が生きるということは、
相手をたおすということ以外にはありませんでした。
そして3年後、チリンは鋭い角を武器にし、闘うことしか知らない
すさまじい獣に変身していました。
「見てくれ、ウォー、
ボクはもう弱い羊じゃない。
牙の変わりにとぎすまされた角がある。
ひづめは岩よりもかたくなった。
そして何よりも
死を恐れずに闘う野生を身につけた」
「これもみんなあなたのおかげだ。
ボクの目標は、ウォー、あなたを倒すことだけだった。
死んだかあさんの仇を討つことだけを願って、ボクは生きてきたのだ。
今まで何度スキをみては、あなたを殺そうと思ったことだろう。
でもボクにはできない。
この山で生まれ変わったのだ。
あなたと一緒に、地獄に行こうと決めたのだ。
見ろウォー、この森も山もすべてボクたちのものだ」
こうして、チリンとウォーはこのあたりでは誰しらぬ者もない
狂暴な殺し屋になったのです。
目は火のように燃え、身体はやせこけて、
まるで悪魔のようにすさまじくみえました。
チリンの首には、昔のように鈴がついていましたが、
その鈴の音をきいただけで、どんな動物もふるえ、
おそれおののきました。
ある嵐の晩、チリンとウォーはチリンの育った羊小屋を襲います。
番犬を次々と蹴散らして、チリンは羊小屋に侵入します。
逃げ惑う羊たち。逃げ遅れた仔羊をかばって、お母さん羊が
仔羊におおいかぶさります。突然、チリンは思い出します。
「あの仔羊が昔のボクだ。
あれがボクをかばって死んだお母さんだ」
ボクには出来ない…。フラフラと立ち去ろうとするチリンの前に、
「俺が本当の羊の殺し方を見せてやる」と、ウォーが立ちふさがります。
ウォーとチリンの闘いは、チリンの角がウォーを突き刺して終わりました。
「俺はいつかこんな風にして
どこかで野たれ死にすると思っていた…
俺をやったのがおまえでよかった
俺は喜んでいる」
その言葉を最後にして、
孤独な狼は息が絶えました。
ウォーを倒したチリンは、
「狼でもなければ羊でもない何か得体の知れないゾッとするような生き物」
になっていました。羊小屋に戻れないと知ったチリンは、フラフラと立ち去ります。
そして、いつのまにかウォーと暮らしたあの岩山に来ていました。
「ウォー、生きていたのか」
ウォーを見たような気がして声をかけた姿は、
水に映るウォーそっくりの自分自身の姿でした。
「許してくれウォー、ボクはおまえが好きだった。
おまえが死んではじめてわかった。
おまえの生き方がボクは好きだった。
おまえはボクの先生でお父さんで
そしてきってもきれない友達だったのに」
「ウォー…おまえは身をもって教えてくれた。
狼の生き方を……強い者の最期を……」
話のあらすじを説明してしまうと、これ以上ほとんど
解説をつける必要がないかも知れません。
これが狼の生き方を肯定した物語なのか、否定した物語なのか、
どちらでもない物語なのか、判断は読者に委ねられるでしょう。
立野としては、どちらともなく、淡々と記した物語に読めました。
イマジネーションをそがれるのはお嫌な方は
次のおそらくありふれた解説は無視して構いませんが、
一つの読み方を書いておきます。
70年代末のニューヨーク・パンクの渦中にいて分裂的な
ポエトリー・リーディングで一世を風靡したパティ・スミスという女性が
しばらくの活動休止後に80年代末に出したロック色の強いアルバム
『Dream of Life』に、「義務感の赴くままに (Where Duty Calls)」という
レバノンのパレスチナ戦争を扱った曲があります。
義務感や大義名分や帰属願望から判断を停止し人を殺していく、
それをただありのままに記述し、どこか悲劇的な叙事詩に仕上がっていた
気がします。「僕は兵士になるよ、ママを守るよ」「聖戦だもの」
パレスチナの少年の言葉が挟まれます。
パレスチナでは、子供のうちから戦闘の仕方(人の殺し方)を
教育されると聞いた事もあります。
親を敵に殺された子供たちもたくさんいます。
ベトナム戦争で戦ったベトコンの末路などという話も
どこかで聞いた事があります。祖国の解放のために戦い、
アメリカ兵を如何に殺すかに長けていたベトコンたちも、
終戦後は孤独であったり、特にアメリカとの国交回復が画策されるようになってからは
厄介者扱いになったりするとか。
戦争で親を殺され、仇を討つために兵士になり、
自らを冷酷な殺人機械に改造し、仇を討ったものの、
どこにも帰属できなくなった(あるいは戦争にしか帰属できなくなった)者の悲劇。
狼の名前がウォーであることからも、
作品の最もストレートな解釈はこれである気がします。
ただ、三原順さんの作品と関連付けて考えて行こうとするなら、
実際の殺し合いの戦争よりも、もっと身近な「戦争」を
考えたほうが良いのでしょう。
たとえば、「裁判で闘うこと」「金もうけをすること」…などなど。
三原作品との関連で立野が特に気になったのは次の3点です。
- グレアムがヒューズ院長に話す内容。
これは以前に触れた「狼を噛み殺してしまった者は…
どんなに憧れても もう羊ではなくなってしまい…
そうした者は… 何なのですか?」というフレーズです。
- 狼の最期の言葉の中にある、「野たれ死に」というフレーズ。
「Sons」のラストのほうで、ウイリアムが
「(事業を失敗して無一文になろうと構わないんだよ)、どうせ
俺の夢は野たれ死になんだから」と言うのを思い出します(細部うろ覚え)。
ウイリアムと狼が同じ「野たれ死に」という言葉を使っているのは
かなり気になります。
- 「ボク」という表記について。
三原順さんのネームでは、「僕」はほぼ必ず「ボク」と表記されています。
それが、「チリンの鈴」の絵本でもそうでした。
関係あるのかどうかは不明ですが、三原さんが「僕」を「ボク」と表記する
理由(というか何かのルーツがあるのかということ)は未だに謎なので、
ご存知の方、教えてください。
ウイリアムの言葉を借りれば、狼のウォーと羊のチリンは
「同胞」であったのでしょうね。
それは、アルジャーノンとチャーリーが同胞であったのと同じ意味で。
三原順さんが実際この本を読んでいたかは不明ですが、
内容的に大いに関連はあると思います。
最後に「チリンの鈴」についての情報です。
BBSに寄せられたまなみさんの情報の絵本と、立野が古書店で見つけた絵本は
違うようです。
まなみさん情報の絵本:
フレーベルのえほん 27 『チリンのすず』
作・絵: やなせ たかし
昭和53年10月 第1刷 昭和62年1月 第6刷 1978年初版
ISBN4-577-00327-9 C8771
絵本の装丁は、濃い目の黄緑の地に白い子羊の絵、黄色で題名。
背表紙は白地で、子羊の絵と赤で題名。
32ページでA4変形版。定価は880円。
たてのが入手した絵本:
サンリオ・アニメブックス・2 『チリンの鈴』
原作: やなせ たかし
作画: サンリオ・フィルム制作
1978年3月20日初版、1981年7月15日 四刷
絵本の装丁は、A5版ハードカバー、表も裏も黄緑。定価880円。
どうやら、やなせたかしさんの絵本がまず存在し、それを元に
和月さん情報のサンリオアニメ
が作られ、立野が入手したのはアニメを元に作られた絵本
(確かに、挿入されている絵はすべて“アニメ絵”です)ではないかと思われます。
立野が入手したアニメ・ブックスには、サンリオ・アニメのデータもあるので紹介します。
サンリオ・フィルム作品
チリンの鈴
原作 やなせ・たかし
音楽 いずみたく
歌 ブラザーズ・フォー
制作 波多野恒正
演出 波多正美
美術 阿部行夫
原画 山本繁
平田敏夫
赤堀幹治
制作 辻 信太郎
(株)サンリオ
ブラザーズ・フォーのなんという歌が使われていたかは謎ですが、
三原順さんもブラザーズ・フォーを聞いていたようですし、気になります。
ご存知の方、ぜひご一報を。
(1999年4月 立野昧)
1999.4.30 付記)
二つ、情報が寄せられました。
最近やなせたかしさんの絵本を(新刊書店で)入手された方がおられるようです。
見せていただいたのですが、原作の方はややイメージが違いました。
違う点は以下のとおりです。
- やなせたかしさんの絵本では、チリンは強くなって仇を討つために
ウォーを欺いて弟子になり、羊小屋を襲うときも計画的に
ウォーに戦いを挑んでいる。
- 「僕」の表記は「ボク」ではない。
ラストでチリンが羊の群れに戻れなくなる点では同じですが、
全般的にチリンに葛藤はなく、この絵本でだけなら三原作品との
関連を特に感じないくらいです。
(他方、アニメ版の絵本の方を読んでいただいた方からは、
一様に「三原的」と感想をいただいております。)
もう一つ寄せられた情報ですが、「チリンの鈴」は
漫画雑誌「リリカ」に掲載されていたそうです。
「リリカは76年11月発刊のまんが雑誌で、
全部で36册だったと記憶します」
「作家のラインナップはあえて書きませんが
三原さんが読んでいてもおかしくはない人々です」
「短編が多く2〜3ページのものもありました。
そんな中に「チリンの鈴」がありました。
アニメの方の絵もほぼこれに近かったはずです」
とのこと。手塚治虫さんの「ユニコ」が載っていた雑誌のようです。
確かに三原順さんが読んでいた可能性もあると思います。
1999.5.17 付記)
さらにもう一つ、かれこれ20年ほど昔に
アニメ版の「チリンの鈴」を劇場で見たという方からもメールをいただきました。
「アルプスの少女ハイジ」との併映だった気がするとのことです。
「チリンは「ユニコ」に似ているなぁーなんて、
思った記憶があります」
「可愛らしいチリンが、おぞましい姿に変貌し、
復讐しようとするけれど、
どうしても出来なかったというラストが
幼な心に衝撃的で、
ハイジなんてどーでもよくなって、吹っ飛んでしまいました」
「友だちの家に絵本がありましたが、
チリンの豹変ぶりが恐ろしくて、読みませんでした。
経験したことのない、やるせないストーリーでした。
そういう意味では、私が初めて三原作品に出会った時の
呆然自失した思いと、共通するものがあるなと」
…とのことです。
情報お寄せくださった方、ありがとうございました。
1999.12.17 付記)
「チリンの鈴」が掲載されたリリカについての情報を戴きました
[Mihara BBS:1066]。
「リリカ8わか葉の号1977・6」に掲載されていたそうです。
「1977・6 とありますから、原作がありアニメ化した
のではなく。アニメ制作の為にやなせさんが作られたのかもしれません」
「全30頁で、(「リリカ」)がそうである為、横書きです。
また、セル画調の絵は使われていません。
そして、一人称表記は「ぼく」が使われています」
とのことでした。
情報お寄せくださった方、ありがとうございました。