[ つれて行って」という言葉が、今でも胸を痛くする。 見えないトゲみたいに、こころに残ったままだ。 でも、この「痛み」が、私の宝物。 三原さんの作品はこころをえぐられる気分になる。 泣きたくなるし、辛くなるし、落ち込んでしまう。 でも、大事なもの。 とても、とても大切なもの。
高校生の頃、友達4人で「はみだしっ子」のラジオドラマを作って、三原さんに聞いて頂いたことがあります。 子供の作った拙いモノを一生懸命聞いてくれた三原さんは、とても素敵な方でした。
大学時代に出逢った「はみだしっ子」以来、三原順山の作品はコミックスが出るたびに必ず買って読んでいました。 ある日また新しいコミックスが平積みにになっているのを見つけて喜んで手にとったら、作品が未完になっている。そしてあろう事か「遺作」の文字。しばらくその場から動くことができませんでした。 今日、「三原順」で検索して初めてここに来ました。 「三原順展」のページのプロフィールで、三原さんが私より4才年上であったこと。私が三原さんの享年を越えてしまったことも初めて知りました。 三原さん、私の娘はもうすぐ大学生、私があなたと出会った年になります。でも彼女は幸せなことに、私の宝物のコミックスで、私よりもうんと早くあなたと出会うことができました。 彼女の思うことは私と似ていることもあり、私と全然違うこともあり。 でもあなたの作品を「サカナ」にして(失礼な言い方でごめんなさい)、娘と話ができること。私は心から感謝したいと思っています。
三原順さんは私の心の支えでした。当時、肉親の死をあそこまで掘り下げて描いてくれた漫画はありませんでした。小学4年生で母を失った私には本当に嬉しかった、というよりも救われたという思いでした。
私は三原順さんが亡くなられてから2年後にその事実を知り、大変衝撃を受けました。グレアムに思い入れのある私ですが、最近になってようやくEL&Pの「ナット・ロッカー」を聴いた時、まるでグレアムに会えたような気持ちになって涙がこみ上げてきそうになったことに、我ながら驚いてしまいました。三原順さんは、「はみだしっ子」をはじめする作品と共に、確かに私のなかで生き続けています。本当に、心からの敬意と感謝を込めて、花束を送ります。そして、この場をつくってくださった立野さん、本当にありがとうございます。
私も今日何故か、ふと思い出して三原順という名前を打ち込みました。 そして、ここで初めて三原さんが亡くなったのを、知りました。 いつか三原さんには、はみだしっ子と出会った時の胸の苦しさと、感動 と、13年経った23歳の今のわたしにも、彼らと出会った事がただの漫画の一物語とは思えない、大切な思い出であり、今もふいに語りかけてくる事を伝えようと思っていました。(なんてすごい作品をありがとう)今やそれは、叶わない事だと知って涙が、胸が痛いです。 初めての出会いは、小3の時母が買ってきたのが最初です。 その頃は何かひかれはしたものの、まだ難しくてはじめの方しかわからなったです。 2度目に揃えたのは中学生でした。 3度目は高校生でした。歳やいろんな経験をする度に、言葉の意味や 感情が分かってきて(変わってきて)それでも、まだまだ少しも理解してないと思いますが。何度読んでも、読めば読む程息詰まる程の何か がありました。グレアム。サーニン。アンジー。マックス。 紙の上の人たちなのに、本当に心配で、つらくて、嬉しくて、身近で愛しています。こんな作品を残していってくれた三原順先生に、心から感謝し、ご冥福お祈りします。天国の先生に届きますように。
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思いつきで検索して、このHPを見つけました。「はみだしっ子」「Sons」などをリアルタイムで読み、今も本棚の主要スペースに並べています。でも…知りませんでした。三原さんが亡くなられていたこと。あらためて、三原さんの作品を大事に読み返そうと思います。
私もリアルタイムで「はみだしっこ」を読んでいた一人です。その後も、独特の笑いのペーソスや画風、言い回し、何回も反復して、読んでしまう内容。どれをとっても、触れたら、三原さんの世界に踏み込んでしまうものでした。おでこの大きな男の子も、豚になる彼も、子供より大きくて自己主張みごとなワンちゃんも…そして、いつまでも、思い出の中で笑っている素敵なキャラたちを本当にどうもありがとうございました。最後の最後まで、その絵が形を取らなくても、作品は好きでした。どうぞいつまでも、ソコ(作品)にいてください。そして、最高の思い出と青春の一ページをくれたことに感謝します。 管理者様このページが有って嬉しかったです。そしてありがとうございます。
今年最初の花束をおくります。
三原キチの姉のたっての希望で検索、たどりつきました。我が家はちょうど4人兄妹で、「はみだしっこ」連載当時はそれぞれ自分を4人に当てはめては「花ゆめ」やコミックスを奪い合うように読みふけったものです。ちなみに末っ子の私はマックスびいきで、当時はマックスと同じ年だったのですが…。 いまや日本中を、ヒッチで行かない場所がないという私の旅好きも、当時つちかわれたのかも知れません。冬の道に座り込んで歌なぞ歌っていると(私の職業は路上の歌うたいです)、時々ふと「こいびと」という言葉がよぎっていったりします。 なにしろ三原作品からの有象無象の影響が、否定するべくもなく私のなかに今も息づているのを、たびたび実感しながら今日も生きています。
ふと思い付いて検索してみました。こんなサイトがあったなんて本当に嬉しいです。三原順の作品は中学高校時代からずっと好きでした。難解で何度も何度も読み返したことを覚えています。クリスチャンなのに、うっかり信仰をなくしそうになる位はまりました。入手困難になっている後期の作品を読む方法はないでしょうか。 2,3年前niftyの現代思想フォーラムではみだしっ子についての熱い討論が繰り広げられていて、あまりのレベルの高さに入れずずっとROMしてました。ここでは多くのファンの方と共に私も思いを書き込むことができて幸せです。 「ボクが20才になってもわからない(ゆるさないだっけ、うろおぼえ)」と語らせていた三原さん。私は親になりました。あなたが年を取って、または親になって、何と語るのかきいてみたかった。刃物をわたるように危うい鋭い美しい言葉を語り、その分自分自身を傷つけていただろう三原さん。あなたにもう会えないことが本当に残念です。
10代という、今から考えれば恥ずかしくもあり懐かしくもある時間に、三原さん、特に「はみだしっ子」という作品に出会えた幸運を、誇りに思います。 あの4人は、漫画の登場人物というより、私とほぼ同じ世代と時代を生きた友人たちのような気が、今もしています。 面白い漫画、感動的な漫画、好きな漫画はたくさんあるのですが、彼らほど「その後」の姿が気になる連中は、滅多にいなかったのではないかと。 お互いに年令を重ねて、一杯やりながらいろいろなことを話してみたい…半ば本気でまだ、そう考える時があります。
三原さんの作品を読んで中3ながらに人生を考え直しています。 まあ、まずアンジーが、大好きです。なんとも憂いのある表情。 それから、「ビリーの森ジョデイの樹」を読んで、後書き(川原泉さんが書いていた)も読んだら、ものすごく悲しくなりました。この人はもう、いないんだ、生きてないんだ、と。とにかく、三原さんの作品は、 中学生の私には難しかったかもしれないけれど、三原さんの作品に出会えて良かったと思っています。
グレアム一筋**年 はみだしっ子と出会わなければ人生変わっていたと言い切れる 程、大切な出合いでした。 これからも大事に暖めていきます。 取りあえず友達に「死んだら一緒に燃やしてね。棺桶入れて」 と頼んであります。 ……はいんなかったらどーしよう
サーニンが一番好きでした。 口下手で言葉をのみこんでしまう彼は、ある意味自分に 似ていたからかもしれません。 あんなに切実に張り詰めた作品にはもう新たに出会えないのが 寂しいけれど、三原先生の本はずっとずっと大切にしていきます。 そんな気持ちをこめて、花束を贈ります。
はみだしっこしか読んでいないのですが、しかも最近読んだのですが、胸が痛いのです。私の大切な本です。
去年チャットではじめて逝去を知りショックでした。 その後の「はみだしっこ」は永遠の夢になってしまいましたが・・・ 三原先生「本当にありがとうございました」
後になって三原先生の逝去を知り、大変ショックを受けたものの一人です。私はグレアムが大好きでした。誕生日が彼と一日違いで、クリスマスと一緒にされた子供時代。それから、サーニンが嫌いでした。でも、今になって、サーニンの気持ちが分かるようになりました。彼の方が、その時の私に近かったから嫌いだったのかも。フー姉さんが欲しかった。続き、ぜひぜひ読みたかった。本当に残念でなりません。先生の安らかな眠りを祈って、花束をささげさせてもらいます。
両親の墓参りに実家に帰ったとき、「はみだしっこ」を全巻持って帰りました。お亡くなりになったのを知ったのは、何かの雑誌を読んだときです。とても悲しく残念でなりません。私はサーニンが好きでした。今又読み返して昔理解出来なかった事も、解る年になってしまいました。 8巻が終わったところです。サーニンのことを大切に描いてくださり、嬉しいです。新たな作品はもう読めないけど、心の中にはずっとひとつひとつの作品が永遠に続いています。ありがとうございました。
パソコンを購入してよかった。こんなにたくさんの三原ファンがいることわかって。いろんなマンガ読んだけど三原先生ほどの作家にはまだ出会えていません・・・三原さんの死を知ったのは亡くなってからかなりたってのことでした。「ビリーの森・・・」を書店で見つけたとき、あっ三原順!と子育てでマンガから離れていた私は手に取りかけて絶句してしまった・・・しばらくの間動けませんでした。悲しかった・・・先生!バイトして買った「はみだしっ子」全巻は17年たった今でも大切な宝物です。 安らかにお眠りください。心から、心から。
1日遅れましたが、グレアム誕生日おめでとう。 あなた達のようなステキな人達を、この世に生み出してくださった三原大先生に心から感謝いたします。もう、三原さんの新しい作品が読めないことを思う度、涙がでてきます。いつまでも安らかに・・・
三原順さんの作品にであってから10年以上たってしまいました。 良くも悪くも私の世界観や人間観にとても影響を深く刻んだ作品たちでした。 何かの縁なのか、今はDDのようにプログラムと愚痴聴きにふりまわされる生活を送ってます。 三原順さん、ほんとうにありがとう。 でも本当は作品を通じて、いろんなことをもっとたくさん伝えてほしかった。
ジョデイの木があるので、ビリーは大丈夫、生きていけます。 先生、お安らかに。そして、ありがとうございました。
2年ぐらい前に文庫本になっているはみだしっ子を見て始めて三原順作品に出会いました。何度も読み返しました。その後ほかの作品もいろいろ読みました。マックスが一番好きです。我が家のポストペットの名前もマックスというペンギンです。亡くなっていらっしゃることを知りすごくショックでした。
北海道に行くかもしれない予定が出来て、是非、お墓参りをと思ったのですが、北海道は広く、一体どこで眠っていらっしゃるのかも判らず、こちらにて、お花を捧げさせて頂きます。 三原作品の中で描かれ続けた事に、時折躓いたりします。 そんな時に、道標となる作品であり、自分自身の指針ともなってくださっています。本当に、ずっと描き続けていて欲しかった。
三原先生の作品は、独特の雰囲気があり、もの凄く好きです。亡くなられた事を知った時は、酷く悲しんだことを思い出します。今も、読み返しては、また、新しい感動を、与えてくれる事に、感謝します。ちなみに、私も、アンジ−を、愛しています。
亡くなられたのを知った時は本当にショックでした。 アンジーが大好きです。「はみだしっ子」は今でも私の中で ある種の核となっています。
久しぶりに再読して、思いがまた大きくなり、 思い立ち、検索してここを見つけました。 嬉しいです。
グレアムに憧れ、ピアに自分と同じ匂いを感じた10代でした。 20年の間何度も何度も読み返した「はみだしっ子」は、哀しいくらい ぼろぼろです。 ずっと三原先生の死を受け入れたくありませんでした。 最近PCを始め、このHPを知り、私の想いを花束として捧げたくて 今日は来ました。覚悟がいりました。 どうぞ安らかに・・・。
何回も,入力ミスをして,すみませんでした。 三原先生が亡くなったのを知ったときは,とてもショックでした。 子供のころ,グレアム,アンジー,サーニン,マックスの4人のまねをして,友達とよく遊びました。 今でも,何回も何回も,三原作品を読み返しています。 やっぱりいまでも,順サマが大好きです!
私の人生にとって、三原先生の作品は言葉で言い表すことができないくらい大切なものです。三原先生の死を知り、とてもショックでした。 私の周りには三原ファンがいなくて、誰にも話せないでいましたが、このようなホームページがあることを知り、うれしく思いました。 今でも大好きです、三原先生。
お風呂の中でみるには、古本屋の本はうってつけだった。いかにも一昔前の絵柄に何の期待もしなかった。とにかく衝撃だった。少年漫画しか読まなかったことにこの時ばかりは後悔した。 そして今更になり、三原さんの死を知ったことの後悔が残っています。
冬になる度に、はみだしっ子のラストを思い出します。 他の物語も、私の中に刷り込まれていて、折々に思い出されます。 大好きだった三原順さん。と、書けてとても嬉しいです。 この場をどうもありがとうございます。
「はみだしっ子」に出会ったのは中学1年のとき。 これが、私のなかばを作った。 台詞の一つ一つ、本当に涙を飲み込むように読んだ。 そのころの私 の中からはとうてい出てこないような言葉を話す彼らに憧れていた。 私は、アンジーになって、グレアムの幸せを見届けて、ロナルドに 甘えさせてほしいと思う子供だった。 いまは大人になったけれど、「はみだしっ子」に出会えてよかった。
今でもだいすきです。 三原順さん、おやすみなさい。
小学生の頃には、いつか片目を傷つけよう、ものすごく寒い土地に移り住もうとずっと思っていました。三原さんは、今、寒い土地で心やすらかにウイスキーを飲んでいるのでしょうか。誰にも知られない土地で。好きなレコードを聴きながら。僕はグレアムにパンの焼き方を教わりましたよ。あと、いかんともしがたい状況への対処法とかね(笑)。
私はフーちゃんみたいになりたかった。でもやっぱりD・Dの叫びの方が共感できて、未だにばぁちゃんやアーニィ、ウィリアム、そしてサーニンやジャックやランス等を捜し求めてる。「遅くとも25歳迄には・・・」そうだよねD・D、私もそう思ってた。でももう30に近づいたぞ・・・。それでもいいんだと、ハミダシても得体の知れないものを抱えてても、それでもいいと云ってくれそうな、三原先生の作品が大好きです。これからも一緒に生きていきます。
「はみだしっ子」は、私が10代だった頃、大好きだった作品のひとつです。家族や、学校など自分を取り巻く環境のなかで、どこか感覚的にハミダシテいる自分に違和感を感じつつ、その理由を求めて、読み漁っていたのを懐かしく思い出します。 では、大人になった今「はみだしっ子」への受け止め方が、どう変わったのかというと、自分自身が、今でもハミダシテいることは変わっていないのですが、子供の頃のように、いたずらに怯えたり、懐疑的になったり、批判したりすることがなくなり、社会に対して、むしろ迎合する技術を経験的に学んで、今ではむしろ、私が10代の頃もっとも否定していた親という立場から、彼らを(特にグレアムを)救ってあげる方法があったような気がして、自分なりに物語の続きを考えてしまう・・・愛すべき4人に幸せな結末を与えたくて・・・という風に変化いたしました。 たてのさんのホームページで、三原順さんが、「はみだしっ子」の続編を描く用意があったことを知って、もう読めないことがひじょうに残念です。三原さんの描きたかったものがどんなものであったのか、もう知る由もありませんが、迷いの果てに光を見出す内容であってほしいと思いました。 ここに、三原順さんの死に対して深い哀悼を捧げるとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。
はみだしっ子を初めて読んだのは、幼稚園のころでした。あのころは 4人が放浪してる頃の話が好きで、養子に言ってから、特に裁判の話が分からなくて、作品からだんだん離れて言ってしまったけれど、今読むと、養子以降の話にばかり目がいってしまいます。年に関わらず、読み込める数少ない作品。本当に、早すぎる死でした
「はみだっし子」のその後を見たかったです。 そのほかいろいろな作品が、あったみたいで、集めてみたいです。
「X Day」は、たぶん一生私の最も愛する漫画であり続けると思います。 感謝します。
この前実家に帰ったら妹の本棚の「はみだしっこ」が目に入り、全部読み返して、改めて三原作品の深さと私たち姉妹に与えた影響の大きさを感じました。心から、ご冥福をお祈りいたします。
子供の頃は、グレアムが好きでした。大人になって今は、アンジーの悲しみに心を打たれます。こんな話ができるなんて、うれしいです。三原さんがどんな人だぅたのか、顔もしらないけれど、 訃報を聞いて、親友が去ったような寂しさを感じています。
三原先生の死から4年余り・・・ 20年近くの間三原作品は私の心の糧でした。 「ビリーの森ジョディの樹」の2巻を書店で見つけ喜んだのも束の間、帯に書かれていた訃報に愕然としました。 今でもあの帯に書かれていた「ああ、もう読めない」は私自身の気持ちでした。 最近ようやく旧作の文庫化も一段落つきましたが、出来ることなら未収録分の作品も含めて、是非全集を発行して貰いたいと思います。 三原先生のご冥福をお祈りします。
小学校の頃、叔母の本棚にあった「はみだしっこ」に出逢い、私の人生の基本を作りました。あの衝撃は忘れられません。本当に私にとっての哲学書でした。ありがとうございました。生きていて欲しかったです。でも、こんなにもたくさんの人が三原先生のことを思っていたなんて。このHPを通してたくさんの人々に出逢えたことに感謝します。そして心からご冥福をお祈りいたします。
悲しすぎる事実。 連載当時、幼すぎて解らなかった事が、今になって、 目を覚ましでもしたように、流れ込んできます。 そして、今になって、本を買って、涙しています。 心から、残念でなりません。
私は、高校生の一番多感な頃に、当時まだ連載中だった「はみだしっ子」に出会いました。以来、私の人格形成にも多大な影響を与え続けている作品です。 亡くなられた当時、何かの記事で、訃報を知り一人で愕然としたのを覚えてます。 今日、偶然このサイトに出会い、改めて失ったものの重さを確認しました。ここに、もう一度、三原順さんの冥福を祈り、哀悼の意を表します。
一番深いところに居らしゃる方の一人です。沢山沢山在ります(思いが。) 訃報は海外で友人からtelで聴きました。まさか と言う思いだけが強く残っています。 又お便りします では
初めて訃報を知った時は一人で泣きました。でも、今はもう寂しくありません。皆さんのおかげです。ありがとう。今でも「はみだしっ子」にハマリ続けてるのは、私だけじゃないと知って、心強く、うれしい想いでいっぱいです。
始めて、花とゆめで読んだ『はみだしっ子』は本当に衝撃的でした。 一度は手放してしまいましたが、もう一度買い揃えました。 私はアンジー君に一番感情移入して読んでいました。 そらで言えるセリフの数ははんぱじゃありません。大好きでした。 最後の作品・・・未完成でもあれだけの素晴らしい作品・・・ 完成した形で見たかったと切実に思いました。 早すぎる・・・ただそれだけです。(黙とう)
素敵な場をありがとうございます。 「大好き」では現し尽くせない想いをいだいて花を捧げます
あとにも先にも、これ以上好きになれるものはないと思っています。 いくら感謝しても足りません。
大好きだった「はみだしっこ」や「ルーとソロモン」のお母さんに私もお花を贈ります。訳も分からずただ悩みばかり多くなるあの時期に、あの作品達に出会えた事はとても幸運でした。
「はみだしっこ」からはいろんな事を教えてもらいました。
「マッコウクジラ」になりたいと思ったこともありました。
中学生の時に初めて出会ってから今まで
何回も何回も読み返しています。
大人になって読み返してみて、初めてわかったこともありました。
三原順さんが亡くなられたことはショックでしたが、
これからも三原さんの作品を大切にしていきたいと思っています。
5kagestuhodomaeni hajimete miharasakuhinnideaimishita onaji sapporode 20nenijoumomaeni konnanisubarashisugiru sakuhino kakareteitakotoni odorokimashita.ima deaetehontouni ureshikuomoimasu.gomeifukuo oinoriitashimasu...
「はみだしっこ」は、何度も何度も読みます。何度読んでも飽きません。「Snes]もそうです。新しい作品が読めないのは、とても悲しいです。でもこれからも、何回も読んでもっと作品を、理解しようと思います。
三原順さんが亡くなった時、私はカナダにいたので、彼女の訃報を つい最近まで全く知りませんでした。「ムーン・ライティング」以降の作品を全く読んでないので亡くなる前は知りませんが、「はみだしっ子」に関しては、小学生の頃、「そして旗ふるの」から読みつづけて いました。彼女の作品は、どこか、’70年代独特の混沌とした雰囲気 があって、私は作中に登場する音楽とともにそれを感じとっていました。私自身も、小学生ながら’70年代の音楽が好きだったからです。 そして今も・・・。昔のバンドの曲を聴く度に、三原さんの作品を 思い出します。甘くて、苦くて、少しけだるい、そんな感じです。 「はみだしっ子」は、両親とうまくやっていけなかった私の、バイブル的存在でした。三原さんのご冥福を心からお祈りいたします。
最近出た文庫版で初めて三原さんの作品を読みました。 「ムーンライティング」、「Sons」、「はみだしっこ」に はまってしまいました。Sonsが出ている途中で既に三原さんがなくなられていることを知り、とてもショックでした。もっと早く出会いたかったです。でも、今ですらもう三原さんの作品にこれ以上で合えないのがショックだったのに、早くに出会っていたらもっとショックだったことでしょう。絶対忘れたくない作品たちです。 VVV子さんのメッセージはそのまま私の気持ちでもあります。 伝えたいことは多すぎるのに、うまく伝える言葉がないんですよね。 (多弁ですみません。)
はじめて三原さんの作品にふれたのは中学生の時。 そのときの衝撃は20年たった今でも、はっきり覚えています。 2次元の人物に、真剣に恋愛感情を持ってしまい(グレアムにです) 彼にどうやっても会うことができない自分を哀れんで、何日も泣きました。 すばらしい作品をたくさん遺してくださって、ほんとうにありがとう。 ご冥福をお祈りいたします。
中1から、20年ずっと、心のどこかにいつも 4人がいてくれました。特にアンジー、でしたが。(^^ゞ SONSもとても好きな話でした。 読むことができてうれしいです。 この話を描いていてくれてありがとうと思いました
グレアムのファンでした。・・・何か胸がいっぱいで、 あまり書けません。すみません。
25歳になるOLです。「はみだしっこ」は、私のバイブルの様なものです。文庫本の「はみだしっこ」の最後のページで、三原順さんが亡くなったと知りました。すごいショックでした。でも、たった今このホームページを知り、これからはたくさんアクセスして、今まで以上に「はみだしっこ」を楽しみたいと思います。
大人になってからじっくり読んで、あらためてファンになりました。これからも永く読んでいくつもりです。
短文ですが、自分のサイトに「はみだしっ子」の感想文を載せています。
本屋にて。文庫本で「ムーンライティング」出たんだぁ。 今度買わなきゃ。 なんてことを思ってました。 最近読んでないなぁ、新作読みたいなぁ・・・なんて思ってました。 三原順先生のご冥福をお祈りします。
shmzさんに、「今日は三原さんの誕生日」と聞いて、メモリアルな日に花束を手向けたいと思いやってきました。 あれから、文庫本で1冊三原作品を読みました。「Sons」に手をつけようと思って、そのままになっているので、公私 ともにゆとりができたら、少しずつ読んでいきたいと思います。
亡くなられていたのを今日初めてしりました。 大好きだった”はみだしっ子”だったのに、なんでか忘れかけていまし た。ごめんなさい・・・。ほんとにごめんなさい。 三原順先生のご冥福をお祈りいたします。それとともに、感謝の気持ち もこめて、ありがとうございました。
ご冥福をお祈りします。 はみだしっ子で知りました。 残念です。ショックです。 最近、単行本が出ないなぁと感じていましたが・・・ はみだしっ子は、初めて、泣いた漫画でした。(私は男です。) 今日、いやまた、これからも、 はみだしっ子を読んで、泣きます。 漫画の面白さを、教えてくださって、 本当に、ありがとうございました。 いつまでも、忘れないでいます。
もっとたくさんの新作をどんどん読んでいきたかった。 あまり昔は漫画を読むほうじゃなかったので、ファンになったのは 残念ながら、ビリーの森ジョディの樹を雑誌で読んだときでした。続きを読みたくて、ずっと待ってましたが、ある日、本屋さんで遺作の文字の入った紙に巻かれたビリーの森ジョディの樹2の新刊を見つけてショックを受けたのを覚えています。そのころから、古本屋をあさり、旧作を読み始めました。最近では、これまで手に入らなかったルーとソロモンやXデイも文庫化されて、でもやっぱり、ビリーとジョディーが現実に再会するシーンを三原さんは描きたかったんだろうなと思うと、(二人の再会の結果はどう考えてもハッピーエンドにはならないし、悲惨な情景が描かれることになるにしても、です)せめて最後までこの話を読みたかったなと思います。
はみだしっ子がなければ今の私はありません。 Jun様、いつまでも忘れません...
ここに来てはじめて、 三原さんがお亡くなりになったことを知りました。 ご冥福をお祈りします。 中学生の時、『はみだしっこ』を読んで涙を流したことを思い出します。 もう一度読み返したら、当時とは違った感じ方をするかもしれません。 そんな奥の深い作品だと思います。これを機に、もう一度読み返してみます。
「はみだしっこ」は私の人生のバイブルです。
もっと三原作品を読みたかった。10代になったばかりの頃から、 大好きでした。ベランダには、私の友達のマーキーがいます。
このようなホームページがあることを本当に感謝しています。はみだしっ子に、はまったのは中学生の頃。我が家の本棚にははみだしっ子の単行本が今も健在です。アンジーが大好きでした。落合恵子さんの新聞へのコメントで三原順さんの訃報を知り、情報を得たかったのだけれどわからずじまいでした。このページで遺作があることも知り、是非読んでみたいと思っています。ありがとう。
すみません、遅くなってしまった。もっともっと読みたかった、 というのが正直な感想です。いろいろ書きたいことがあるはず なのに、今は出てきません。 ご冥福を、そして安らかな永眠を心からお祈りします。
三原順さま、いろいろな想いをありがとうございました。 ご冥福をお祈りします。
何かいろいろ書きたいことがいっぱいで・・・頭ぐちゃぐちゃなのですが、 とりあえず、ありがとうございました。です。
初めて「はみだしっ子」よ読んだのは小学校低学年のとき、姉の書棚から。その時、自分には難解すぎて一通り目を通して放棄。
2度目に読んだのは中学生のとき。しかし、「つれて行って」はまだ難解でまたしても放棄。
3度目は大学生のとき。愛蔵版の発売を機に。時間的にも精神的にも余裕のあったこの時期に、初めてこの作品の偉大さを実感。 読後の放心状態はいつまでも続き、そして、何度読んでもさらにそれは反復する。 何度読んでもこの作品に対する理解は更に深まり、まるで底無し沼の様。
私にしてみれば、この作品は難解でどれだけ読んでも消化できるものでは無いもの。 それだけに、いつまでも、すぐ手の届くところに在ってほしいもの。
それに気付いてすぐ、三原先生の訃報を目にして、後悔することしきり。 また、何たる損失!! 三原先生が私達に残してくれていたソレは、さながら哲学。 ナニモノにも換え難い三原哲学!! これから、新たなるソレを享受できない無念さを抱きながら。 先生のご冥福をお祈りします。 それと共に、残された作品がいつまでも生き続けることを。
あまりにも早すぎた死、もっと作品をいっぱい残して欲しかった・・・ 初めて目にしたのが、小2だったので難解でしたが、熟読しました。12〜13巻はリアルタイムで、最終回も見れたし。最近の作品も絵がキレイで、独特のセンスがひかってて、好きだったのになあ・・・合唱。
先程sonsの文庫版を、読み終わりました。 私は、リアルタイムの三原ファンではありませんでしたが、「ビリーの森 ジョディの樹」を読んで、初めて先生の偉大さを実感した大ばか者です。もう二度と先生の作品に出会えないと思うと、何か大事な空間を失ってしまったような気分です。遺された作品達を、大事にしたいと思います。
はみだしっ子(特にグレアム)のファンです。読んでいると精神的に深いところまで 落ちていってしまうのですがそれがなかなか心地いいのです。 4にんのその後などぜひ知りたかった。とても残念です。 それ以外の作品をぜひ読みたいと思っています。 三原順先生の御冥福をお祈りします。 こんなにわたしの心に突き刺さってくれてありがとう。 変な表現ですが本当にこんなきもちなのです。
「はみだしっこ」を、初めて手にしたのは、小学校に入るか入らないかの頃でした。1986〜8年頃、10歳としの離れた兄の本棚にあった漫画です。8歳の時、兄が一人暮らしを始めるさいに、全て処分していったので、5年程前から私が改めて集めなおしました。絶版になってしまった花とゆめコミックスを古本で!(ちょっと大変でしたけど)それから、友人に勧めまくリの日々です。1巻の表紙で引く小もいますが、8年ぶりの感動を、やっとストーリーを理解できる年になった喜びを、皆に伝えたくて。さすがに他の作品は、白泉社文庫で新しく出してるのを買い集めました。 三原 順先生は、偉大です!はい。御冥福をお祈りします。
順さん、ありがとう。
角膜移植について調べていたら、偶然にも、グレアムと言う文字が目に入り、このページを知りました。また、三原先生が永眠されたことも今始めて知りました。小学生で、はみだしっこに出会って以来、こんなにも影響を受けた本はありません。どうぞ安らかにお眠りください。
今日「ビリーの森、ジョディの樹」を初めて読んで、 ようやく先生にもうお会いできないことを実感しました。 哀しいです、先生、どうぞ安らかに。
僕は三原順先生が作品の表現方法に漫画を選んでくれたことにとても感謝しています。もしも活字だったのなら漫画キ○ガイの僕が先生の作品を手にすることは、ほぼ間違いなくなかったと思えるからです。 三原先生、ありがとうございます。
三原順先生は私の人生にとって大切なことをたくさん教えてくれた方です。少女漫画という軽く見られがちなメディアの中で、これほど素晴らしい世界を見せてくれた先生に、心より感謝申し上げます。どうぞ安らかにお眠りください。
すごくショックでした。三原さんが亡くなっていたなんて。
中学の時以来、「バイブル」状態の「はみだしっ子」を読み返して、また泣けちゃいました。
はみだしっ子の続編、読みたかったなあ。でも、続いていたと知ってちょっと心が安らぎました。ありがとうございます。
グレアムペンギンが一番好きでした。余りにも変わっていくグレアムが子供心にもわかるような、わからないような。大人になった今でも、それはずっと変わらないままです。 哲学書として、これからも愛読していきます。 ご冥福を心よりお祈りしています。
言葉にできません。 三原順さん、それから大好きだったたくさんの登場人物に 心から感謝しています。
初めてきました。 なんとなく、墓前に手向けるようで、嬉しいです。 お花が、いっぱい、いっぱいになるといいな。
小学校の頃友達に紹介され、夢中で読みました。今にいたるまで忘れられません。何度も読み返し、いつも新鮮に読んでました。はみだしっ子の繊細な感覚が忘れられない。最近ルーとソロモンを読んでまた涙。 もっと作品を読みたかったです。このページを見つけられてよかった。
小学校の頃、とても好きだった。高校の頃まで追いかけていた。連載の終わった時なんでこんな、半端な終わり方をするのだろうと思った。 でも今読みなおして、当時何でこんな難しいものを読んでいたのだろうと思った。自分の持つ根底の部分に直接語り掛けてくる、今ならもっと理解できたかもしれないのに。グレアムは安らぎを得たのだろうか。今だ解らないでいる。未完のまま終わったという感じが捨てきれない。あらためて読みなおして見て、きっと書き残したものがあるのではないかと思う。 子供の頃の、親や世間に対する不満を、反抗出来なかった当時の自分への怒りを、思い出してしまった。もう、あの話しの続きはわからないんだと思うと、とても残念だ。生きていて欲しかった。
あなたの作品の中のセリフの一言一言に、衝撃受けて,やさしさ感じてもっともっと読みたかったけど。けれど、あなたの作品にまた,会う事ができてほんとによかった。
「赤い風船のささやき」くらいから読んでいて。一度も手紙を書くこともなく、会うことも無く。いつかなんて決して来ない事になってしまい悔やんでた。本当は墓前に行きたいのだけれど。
三原順先生が亡くなっていたなんて…… イン手ーネットをはじめた、ばかりで、なにげなく、探していたら…ショックです。知りませんでした。 先生、おつかれさまでした。おもいでをありがとうございました。
こちらのページはだいぶ前、まだワタシがMyコンピューターを持たず、夜更けの会社でネット遊びをしていたとき、見ておりました。再度来ることができて嬉しい・・!はみだしっことの出会いは3年半前と最近なのですが、あの4人の存在はワタシの魂の中に完全に根ざしてしまいました。彼らの行き場のない想いはそのままワタシと重なり、うねりとなってどこかへ向かおう、向かおうと未だにします。それが社会に属している人間の一人としては、障害となり苦しくさせることもありますが・・。でも、心底はっきり言えるのは「三原順先生、あなたは素晴らしい作品を残してくれた、かけがえのない人でした」。
今まで読みたかったsonsが手に入りとても嬉しいです。 交わされる言葉や人との関係、あんな雰囲気の中、 過ごしたい。
小学5年生の時、初めてはみだしっ子を読みました。 友達から借りた、「裏切者」でした。その子に、ほかのも貸してっていったんですが、 なぜかそれしか持っていないと言うので、自分でコミックスを買い、 はなゆめを買って読みあさりました。 こんなHPがあったなんて、感激です。
とても大切な本です。今でも。グレアム、アンジー、サーニン、マックス・・私も彼らの仲間になりたかった昔・・それくらい(2次元とか関係なく)大好きでした。きづかなければ鈍感に過ぎてしまうことにきづかせてくれたのです。